社会主義は、共産主義の準備段階である

【大紀元:悪魔が世界を統治している】序章
 多くの欧米人は社会主義と共産主義を全く異なるものと認識している。しかし、この認識こそが、社会主義の繁栄する土壌となっている。実際、マルクス・レーニン理論によれば、社会主義とは単に共産主義に至るまでの初期段階に過ぎない。

マルクスは『ゴータ綱領批判』(1875年)の中で、共産主義には初期段階があり、その後に進行期が続くと指摘している。同時に、その時代の国際的な状況により、エンゲルスも後に述べたが、「民主社会主義」が現れる。この段階になると、政治権力を握るために、社会主義者らは有権者の票を利用する。民主社会主義は、世界中の社会民主党や、第二インターナショナルを唱える者、また資本社会に存在する左翼たちによって提唱されている。レーニンは社会主義と共産主義について明確な定義を下している。社会主義とは共産国家の初期段階であり、社会主義を基礎として、共産主義が発展していくのである。

従って、社会主義は常に、マルクスや国際的な共産主義者たちの一部である。国有化や計画経済などは、共産主義への地固めである。欧米社会で人気の社会主義や左翼の教義は共産主義と何の関係もないようにみえるが、これらは単に非暴力の形をとった共産主義なのだ。

欧米では暴力的な革命はないが、有権者の票が政権掌握のために買収されている。明白な国有化はなくとも、欧米で実施されている重税がその役割を果たしている。国家による計画経済の代わりに、欧米の社会福祉が資本主義を揺るがしている。左翼政党は、社会保障と福祉が社会主義を実現するための重要な側面だと考えている。

共産主義の犯罪を非難するとき、暴力と虐殺のみに気を取られてはならない。社会主義がもたらす危険性にも気づくべきだ。非暴力という形の共産主義はさまざまな社会主義の派閥を生み、人々を騙して混乱させている。共産主義を理解するには、まずそれに初期段階があることを認識しなければならない。なぜなら、共産主義には必ず進化する過程があり、一晩でそれが成し遂げられるものではない。すべての生命と同じく、それも徐々に成長するのだ。

一部の欧米に見られる社会主義国、また福祉国家は、「コモンウェルス」(Commonwealth)の名の下に共同体をつくり、自国の主権と自由を犠牲にしている。これらの国々の市民は、ある程度の政治的自由を得ているかもしれない。しかし、それはまだ社会主義が発展段階であるからだといえる。しかし、社会主義とは静止している状態を指すわけではない。社会主義国家は利益を平均的にならすことを初期の目標としているため、市民は当然、自由を奪われる。必然的に、人々は少しずつ自由をはく奪されていき、社会主義は共産主義へと移行する。

もし、自由国家が一晩で独裁政権になり替わったとすれば、人々は当然ショックを受けるだろう。多くの人々が反抗するだろうし、少なくとも積極的には受容しないはずだ。そうなると、独裁政権にとっては都合が悪いため、反抗者を大量に虐殺することになる。これがつまり、ソビエトと中国が、政権が落ちついてからも大勢の市民を粛清した理由である。

一方、全体主義ではない、社会主義を信奉する民主国家はどうだろうか。これらの国家はたくさんの法律を制定し、少しずつ市民の自由を奪っていく。まるで、ゆっくりと茹でられるカエルのようである。社会主義の体制を固めていくには、10年、あるいは数世代にわたる過程が必要だ。その間、市民はその社会主義体制に慣れ、過去を忘れ、それがますますこの欺瞞に満ちた体制を強化する。この形式の緩慢な社会主義化は、暴力的なそれと本質において全く同じである。

社会主義は「平等の権利」を保障し、それを立法化するが、それはつまり道徳を引きずりおろし、市民がより善へ向かう自由を奪うことである。実際、人間は多様である。信仰、道徳の基準、文化的知識、教育水準、知能、精神力、勤勉さ、責任感、積極性、創造力、企業家精神などにおいて、人には本来個性がある。しかし、下層レベルにいる市民を一遍に上へ引き上げ、平等を強いることはできない。そこで、社会主義者は上部にいる人たちを制限し、人工的な「平等」を造るのである。

道徳に関して、欧米の社会主義者たちはお決まりの言葉を使う。いわゆる「差別反対」「価値中立性」「ポリティカル・コレクトネス」を用い、基本的な道徳の判断基準を打ち壊す。これはつまり、道徳を破壊することに等しい。必然的に、この状況はさまざまな堕落した道徳の合法化、標準化を生み出した。つまり、反有神論、卑俗なスピーチ、性的倒錯、退廃芸術、ポルノ、ギャンブル、薬物などである。その結果は、神を信じる人や道徳向上を目指す人々に対する逆差別であり、これらの善良な人々が排除されてしまうのである。

歌を歌っただけで中国共産党に拷問され死亡 チベット人歌手

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所が5月2日に公式twitterアカウントで配信した情報によると、2016年にカンゼ・チベット族自治州(四川省)でチベット国歌を歌い、SNSにその動画を投稿していたチベット人歌手ペマ・ワンチェン氏が、その2ヶ月後に当局に拘束・拷問された影響で、2019年4月26日に四川省成都の病院で死亡した。

#チベット 国家を歌った罪で、2016年4月に中国当局に拘束されたチベット人歌手ペマ・ワンチェンさんが、激しい拷問による健康状態の悪化で、先月26日に四川省成都の病院で亡くなりました。2016年2月13日にカンゼで国歌を歌いSNSに動画を投稿、WeChatで広まり、その後逮捕されました。享年31歳でした。 pic.twitter.com/FHsamruPG4

— ダライ・ラマ法王日本代表部事務所 (@tibethousejapan) 2019年5月2日

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所:チベット国歌を歌った罪で、2016年4月に中国当局に拘束されたチベット人歌手ペマ・ワンチェンさんが、激しい拷問による健康状態の悪化で、先月26日に四川省成都の病院で亡くなりました。2016年2月13日にカンゼで国歌を歌いSNSに動画を投稿、WeChatで広まり、その後逮捕されました。享年31歳でした。

チベット国歌はインドのチベット亡命政府などで歌われているが、中国共産党に占領されているチベット本土では歌唱が禁止されている。

監視と拷問の生き地獄から逃れる方法はあるのか

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