日本統治時代朝鮮の天才詩人 金素月

Google検索ページのロゴに日本統治時代の朝鮮人 金素月さんが出ていたので調べてみました。

  • 1902年9月7日(陰暦8月6日)、平安北道亀城郡旺仁洞で生まれる。100日後、平安北道定州郡郭山面南端洞の父の家で育つ。
  • 1905年、祖父、金相疇から漢文を習い始める。
  • 1909年、南山学校に入学。
  • 1913年、腸チフスにかかる。
  • 1915年、南山学校を卒業。
  • 1915年、洪丹実と結婚。五山学校の中学部に入学。(五山学校は、1907年民族主義と国民教育のために李昇薫らによって設立された)
  • 1918年、定州での珠算大会で優勝。
  • 1919年、五山学校中学部を卒業。
  • 1919年、長女、亀生が生まれる。
  • 1920年、『創造』で文壇に登場。
  • 1920年、次女、亀源が生まれる。
  • 1922年、培材高等普通学校に編入学。
  • 1923年、培材高等普通学校を卒業。
  • 1923年、渡日、東京商科大学(現一橋大学)に入学(不合格だったという説もある)
  • 1923年9月、関東大震災の影響で帰国。
  • 1924年、故郷に戻る。その後、妻の実家である亀城郡西山面坪地洞に転居。
  • 1924年、金東仁金瓚泳林長和らと『霊台』の同人になる。
  • 1924年、長男、俊鎬が生まれる。
  • 1926年、亀城郡南市で東亜日報支局を経営。
  • 1926年、次男、殷鎬が生まれる。
  • 1932年、三男、正鎬が生まれる。
    • 1934年12月24日、阿片により服毒自殺[1]

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