A sin of the President Truman dropped atomic bombs. 原爆を落としたトルーマンの罪

トルーマン05 1945年4月、フランクリンルーズベルトの急死によって副大統領から大統領に昇格したトルーマン。4ヵ月後にかれは悪魔の決断を下した。

アメリカは原爆を落とす必要があったのか。

鶴見俊輔氏の調べでは、答は「No!」

大統領直属の統合参謀本部長リーハイ元帥は、日本の疲弊しきった兵器生産力や無能に近い兵力を知っていたがゆえに、原爆不要の判断を示した。

にもかかわらずトルーマンは落とした。しかも一回のみならず二回までも。

不 必要な大量殺戮爆弾を、化学の実験でもするかのように落とせと命令した。優れた大統領であるなら、後世の歴史がこの判断をどう評価するかはわかっていたは ずである。わかっていてあえてやったのか、そうだとすれば、かれは後世から「人類の敵」といわれてもしかたがないのではないか。

戦争中のアメリカは、日本をこの世界から抹殺しようと考えていた。本気で。

と ころが歴史は悪戯が好きである。マッカーサーの日本駐留と時を合わせるように東アジアの情勢が変わった。ソ連や中国による共産主義勢力の台頭によって、朝 鮮半島に赤化の危機が迫っていた。その脅威を実感するや日本の存在価値は、共産主義勢力に対する極東の橋頭堡としてよみがえった。

皮肉なことにそのポジションを獲得したがゆえに日本は驚異的な復興への道を歩き始め、日米安保条約へとつながっていくのだが、それは今日の話と関係がない。

トルーマン06当時のアメリカは知っていた。日本のリーダーたちが降伏の準備をしていたことを。

しかしトルーマンは原爆を落とすチャンスを待っていた。

「日本の戦争終結への取り組みは遅々としている。」「それを待っていたのでは100万人というアメリカの健康な男子が命を奪われる」などという都合のいい情報操作やリークをしながら、国民のコンセンサス(同意)や国際世論が固まるのを待った。

日本が、終結への真摯な裏交渉の結末を、固唾を呑んで見守っていたのにもかかわらず。

そして運命の日はやって来た・・・。

原爆投下後の米英の論調は、自国に罪がないことを繰り返した。「落とさなければ、さらに日本は抵抗し、もっと多くの罪のない人間が死んでいった」と。

そこには強国のエゴイズムが充満している。

現代に至るまでその独りよがりな強国主義は続いているが、その強さが崩壊したとき、世界から強烈なしっぺ返しを食らうことは明らかだ。
そうなることによって世界はいっそうの混乱に陥ることになるからそうなってはならないが・・・。

以下は「モスクワ教育出版社」によるロシアの中学校教科書に掲載されている内容である。

「8 月6日と9日に、アメリカ軍の航空隊は日本の都市、広島と長崎に原子爆弾を投下した。これは人類史上初の大量殺戮兵器の使用だった。アメリカでは、これは 日本上陸とそれに引き続く戦闘によってもたらされるであろう多大な損害を回避するためにやむをえなかったのだ、という正当化がなされている。しかし実際の ところは、原子爆弾は平和的な市民に対して多大な物質的、人的損害をもたらすものであって、軍事的になんらの必然性をもたないものだった。その後の核開発 競争の発端ともなったこの非人道的な行為は、アメリカの戦略的優位を誇示するものだった。原子爆弾の一時的な独占状態を手にして、アメリカは戦後世界にお けるヘゲモニーを確立しようと狙ったのである。」

なんと正直な見方をしていることか、日本人の感じかたはこれに近いのでは・・・。

<了>

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