親日家ベルツ博士の怒りは平成日本人へのメッセージか?

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江戸という時代は、明治近代政権によって「全否定」された。私たちは学校の教科書で、「明治の文明開化により日本の近代化が始まった」と教えられてきたが、はたして本当にそうなのか?ベストセラー『明治維新という過ち』が話題の原田伊織氏は、これまで「明治維新とは民族としての過ちではなかったか」と問いかけてきた。そして、今回さらに踏み込み、「2020年東京オリンピック以降のグランドデザインは江戸にある」と断言する。『三流の維新 一流の江戸』が話題の著者に、「親日家ベルツ博士の怒り」について聞いた。

平成日本にも通じる医学者エルウィン・フォン・ベルツの怒り

明治九(1876)年に新政府がドイツから招いたベルツ博士が日記を残している(『ベルツの日記』上・下 岩波書店)。

医学者エルウィン・フォン・ベルツは、一般には草津温泉を世界に紹介した人として知られているが、所謂「お雇い外国人」の一人でもある。 ベルツは、怒り、忠告する。 その主旨だけを列記すると、以下の通りである。

「日本人は、ほんの十年にもならぬ前まで我々の中世騎士時代と同じ文化状態にあったのに、ヨーロッパが文化発展に要した五百年を一気に飛び越えて、十九世紀の全ての成果を一瞬にして横領しようとしている」

「多くの物事は逆手にとられ、西洋の思想は勿論、その生活様式を誤解して取り入れ、とんでもない間違いを犯している。日本に招聘(しょうへい)された者たちまでもが無理解で、一部の者は日本のすべてをこきおろし、日本が西洋から取り入れるものはすべて賞賛する」

「不思議なことに、今の日本人は自分たちの過去を何も知りたがらない。それどころか、自分たちの過去=歴史を恥じている。何もかも野蛮でした、我々には歴史なんかありません、これから始まるのです、という者さえいる」

「これらの現象は、大変不愉快なものである。日本人が自国固有の文化を軽視すれば、却(かえ)って外国人の信頼を得ることはできない」

「日本人はお雇い外国人を学問の果実の切り売り人としてしか扱っていない。つまり、根本にある精神を探求することなく、最新の成果さえ受け取れば十分と考えている」

真に辛辣(しんらつ)に聞こえるが、すべて核心を衝いているといえるのではないか。

そして、驚くほどそのまま、バブル世代を中心とした戦後日本人、平成日本人にも当てはまらないか。 ベルツ自身は、来日五年目に日本女性と結婚し、約三十年も日本で生活した知日家、親日家であるが、それ故の激烈たる維新日本人に対する批判であり、忠告であったと解すべきであろう。

こういう見識あるヨーロッパ人が嘆くほど、日本人が日本的なるものを根底から否定し、自らを卑下していたのである。

ベルツが接した日本人の多くは、「成り上がり」といっていい当時の新しい上流階級、即ち、薩摩長州人やそれに与(くみ)した勢力の新興階級である。

豊かな教養環境とはほど遠い下層階級社会から政治闘争(具体的にはテロ活動)に身を投じた彼らは、せいぜい俄(にわ)か仕立ての水戸学程度の論理を頼りに「王政復古」「大和への復古」を唱えて江戸幕府を倒した。

原田伊織(Iori Harada)作家。クリエイティブ・プロデューサー。JADMA(日本通信販売協会)設立に参加したマーケティングの専門家でもある。株式会社Jプロジェクト代表取締役。1946(昭和21)年、京都生まれ。近江・浅井領内佐和山城下で幼少期を過ごし、彦根藩藩校弘道館の流れをくむ高校を経て大阪外国語大学卒。主な著書に『明治維新という過ち〈改訂増補版〉』『官賊と幕臣たち』『原田伊織の晴耕雨読な日々』『夏が逝く瞬間〈新装版〉』(以上、毎日ワンズ)、『大西郷という虚像』(悟空出版)など

 

 

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