日本は掠奪国家アメリカを棄てよ グローバリゼーションも共同幻想も必要ない ビル・トッテン・著

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さてはてメモ帳さんのサイトより
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コロンブスは「勇敢な冒険家」だと教えられた

かつてのアメリカは、今と違って夢や希望があふれる国だったのだろうか。これに対する私の答えは、若い時分なら「イエス」だった。

私が子供のころのアメリカは、今よりは輝いていた。そして個々の家庭レペルでは、今よりずっとのんびりしていた。しかし長じるにつれて、アメリカという国は、実はそもそも建国以来、ろくなものではないことに気付かされた。もっと正確にいえば、発見以来、かの国は悪魔に取り憑かれてしまっているのだ。

今につながるアメリカの歴史は、15世紀末にヨーロッパ人によって「発見」されたことに始まる。この時期の日本は戦国時代だから、庶民にとっても武士にとっても住みにくく、悲惨な事態に巻き込まれた人も少なくないと思う。

しかしこの時期、アメリカ大陸やその周辺の島々で起きたことは、少なくとも規模だけ見れば、日本の比ではない。残虐、残忍、凄惨、凄絶、極悪、非道、無慈悲、悪魔…アメリカが発見されて以来、かの大陸で起きたことを思うとき、私の頭にはこれらの言葉が次々と思い浮かぶ。

アメリカ大陸を発見したのはコロンブスだ。時は1492年、大航海時代のただ中。スペインから派遣されたコロンブスの生まれは、イタリアのジェノバといわれる。

 

 

コロンブスは新大陸のことを終生、インド、あるいは東洋のどこかだと信じていたらしい。それゆえ、彼はかの地の先住民を「インディアン(インド人)」と呼んだ。

今につながる「アメリカ」の地名は、イタリア・フィレンツェ出身の商人で航海者のアメリゴ・ペスプッチ[Amerigo Vespucci]にちなむ。


ベスプッチは1499年から行なった2度の航海で、そこはインドではなく、ヨーロッパ人から見た新大陸であることを確信した。そして彼の主張が尊重され、アメリカと名付けられたのである。

ベスプッチにとりたてて個人的な恨みはないが、これから詳述するコロンブスには、恨みに似た感情、少なくとも憤りを抱かずにはいられない。

このコロンブスが、アメリカでもそうだが日本でも時折、偉人として取り上げられる。あちこちの書店で、子供向けの伝記や偉人物語のコーナーを見てみると、ヘレンケラー、ナイチンゲール、シュバイツァー、ガンジー、あるいは聖徳太子、二宮尊徳、良寛、宮沢賢治などと並んで、コロンブスの名前がある。

聞くところによると、中身は大体、コロンブスの未知の世界に挑戦する勇気や冒険心を称える内容だそうだ。こうした本を読んだ子供たちは、「勇敢な冒険家」だったコロンブスに憧れて、自分も強くたくましく生きたいと思うのだろうか。

ある人物に憧れ、あるいは尊敬の念を抱き、その人物を目標にして人生を歩み続けることは、素晴らしいことだと思う。だが、その目標とする人物が、そもそも尊敬するに微塵も値しない人物だったとしたら、どうだろうか。

仮に今、『世界の偉人 ヒトラー物語』という本があったとして、どこの親が読ませたいと思うだろうか。あるいは『日本の偉人 麻原彰晃物語』は、どうだろうか。あなたは子供や孫に読んで聞かせたいだろうか。

実は私自身、子供のころ、コロンブスを「偉人」だと思っていた。なぜなら、そう教えられたからである。アメリカ人も、コロンブスが新大陸を発見し、今日につながるアメリカの繁栄の礎を築いたと教えられる。だから、私もそれを素直に覚えたのだ。

そしてアメリカは今も、コロンブスが新大陸に到達したことを祝うため、「コロンブス・デイ」を設け、ほとんどの州でこの日を休日にしている。

では、この偉人・コロンブスとは、一体どんな人物だったのだろうか。彼は新大陸で、何をしたのだろうか。

見せしめに腕を叩き切る偉人

以下のコロンブスに関する記述は、ハワード・ジン氏の著作によるところが大きい。ジン氏はアメリカの高名な歴史家で、公民権運動やベトナム反戦運動に熱心だったことでも知られる。私も彼の歴史観や見解には、学ぶことが多い。

コロンブスとその一行がしたことを書くのは、私自身、かなりの勇気が要る。それというのも、彼らの成した行為の数々は、凄惨極まりないからである。

コロンブスは日記をつけていた。その日記には、バハマ諸島に上陸した時、先住民は数々の贈り物を手に、海の中にまで出向いて歓迎してくれたと記されている。

コロンブスが「穏やかで優しい」と形容した先住民は、武器を持たないどころか、その存在さえ知らなかったという。コロンブスは記す。「私がサーベルを見せたら、刃のほうを持って手を切ったくらいだった」

上陸してから数カ月の間、スペインの後援者に宛てた手紙には「彼らは極めて純真かつ正直で、決して物惜しみしない。乞われれば、何であろうと与えてしまう」と書いている。

しかし、日記の中に突然、次のような一節が現われる。

「彼らは立派な召し使いになるだろう。手勢50人もあれば、彼らを一人残らず服従させられるし、望むことを何でもやらせることができるだろう」。

これが、コロンブスが先住民に対して抱いていた見解である。客を手厚くもてなす主人としてではなく、自分たちの思い通りのことをやらせるための召し使いとして見ていたのだ。

コロンブスの日記には、やたらと「黄金」の2文字が登場する。最初の2週間の日記には、75回も出てくる。黄金に目がくらみ、小躍りするコロンブスの姿が目に浮かぶようだ。

ジン氏が記すように、コロンブスの話で強調されるのは彼の「厚い信仰心」だ。 コロンブスはそれゆえ、先住民に「改宗」を迫ったのだろう。 一行の主な滞在地であるエスパニューラ島には、至る所に十字架が立てられたそうだ。しかし、それと並べて絞首台も立てられ、1500年には340台を数えているというから、コロンブスの信仰心とは一体何であったのか。

コロンブスー行の所業には目を覆うばかりである。先住民が持っているわずかばかりの黄金を見ただけで、大量にあるはずだと思い込み、期限を設けて、黄金を差し出すよう命じた。そしてそのノルマを達成できなければ、ほかの先住民への見せしめのため、腕を叩き切ったという。

山に逃げた者は猟犬に追われ、たとえ逃げ切れたとしても、その先に待っていたのは餓死か病死。いずれにしても死だった。絶望にうちひしがれた人々は、毒を飲み干した。

コロンブスらが来たことによって、地上の楽園だったエスパ二ューラ島(イスパニョーラ島)は急速に人口が減っていった。もちろん、この「減る」という意味は、ほとんど「死ぬ」と同義である。もっと正しい表現を使えば、「殺された」ということだ。

ある学者の推定では、当初30万(引用注:300万とも)人いた先住民のうち約10万人が、1494年から96年までの2年間で死亡したという。1508年にはさらに6万人に減り、1548年には生存者は500人いたかどうかも疑わしい。これを「ジェノサイド(集団殺戮)」と呼ばずして、何と呼べばいいのだろうか。

コロンブスに見る「悪魔の精神」

コロンブスらの悪行は、これにとどまらない。挙げればきりがないし、書いている身としても気分が悪くなる。しかし英雄の真の姿を知ってもらうためには、今少し、真実に触れておかなければならないとも思う。

スペインの国王や融資家たちを驚かせるほどの黄金は、ついに見つからなかった。 そこでコロンブスは何を考えたか。彼はもう一つの略奪品として、奴隷をスペインヘと送り込み始めたのである。

彼は500人ほどの先住民を船にぎっしりと詰め込み、大西洋を渡ったが、寒さと病気のために200人ほどが途中で死亡した。1498年9月の日記に、コロンブスは「三位一体(トリニティ)の神の御名において、売れる奴隷という奴隷をどんどん送り続けよう」と記している。まったく敬虔なキリスト教徒だ。後の章で改めて記すが、キリスト教徒は、本当に主であるイエス・キリストの教えに背くことばかりやっている

バルトロメー・デ・ラス・カサス[Bartolome de Las Casas]という人物がいる。彼はスペイン出身のカトリック司祭で、コロンブスより30歳ほど年下だ。いわばほぼ同時代の人物なのだが、ラス・カサスは当時、スペインが国を挙げて進めていた植民・征服事業における数々の不正と先住民に対する残虐行為を告発し、スペイン支配の不当性を訴え続けた。

ラス・カサスは自身の著書で、インディアンについて次のように記している。

「無限の宇宙の中で、彼らは最も明朗で、邪悪さや不誠実なところがまったくない。しかし、この羊の檻の中にスペイン人が突然侵入し、貪欲な獣として振る舞い始めた。彼らは、キリスト教徒には黄金を手にするという絶対的な使命があるとして、殺戮や破壊行為を正当化した」

そしてラス・カサスは、最も凄惨な現場を目の当たりにする。それは、兵士がふざけてインディアンを刺し殺し、赤ん坊の頭を岩に投げつけるという信じがたい光景だった。

「隣人を自分のように愛しなさい」「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたが人にしなさい」。キリスト教の始祖であるイエスはそう説いたが、1500年の後、彼の信者たちは隣人を刺し殺し、隣人の赤ん坊を平気で岩に投げつけた。

もともと「所有」という概念がなく、自分の物も他人の物も区別していなかった先住民が、スベイン人のものを手にした場合には、打ち首か火あぶりにされたという。さらに強制労働に駆り出された先住民の大半は、病気か死に追いやられた。過重労働と飢えで母親の乳が出ないために、大勢の子供が死んだ。ラス・カサスは、3カ月で7000人の子供たちが死亡した、と推定している。

加えて、先住民には免疫のなかった腸チフス、発疹チフス、ジフテリア、天然痘などの病気がヨーロッパから運ばれ、これらを理由に大勢の人が亡くなった。

コロンブスが上陸した時にはおよそ800万人だった西インド諸島の人口は、約20年後の1514年には、約2万8000人しか残っていなかったという。要するに、99パーセント以上の先住民が殺し尽くされた計算になる。

心優しき先住民にとって、コロンブスは偉人どころか疫病神であり、死に神であり、悪魔だったはずだ。恐らくは「この世の終わり」に思えただろう。事実、彼らのほとんどは人生に終止符を打たれてしまった。

この悪魔の所業については、まだまだ書くことができる。しかし、書いている私もそうだが、読んでくれているあなたも、いい加減、気分が悪くなってきたのではないだろうか。

コロンブスによって持ち込まれた「悪魔の精神」は、新大陸アメリカヘと引き継がれ、悪しき伝統としてかの国に根づいてしまっているように思えてならない。

 

 

「感謝祭」の真実とハリウッド式洗脳術

アメリカには、クリスマス前の11月の第4木曜日に「感謝祭」と呼ばれる祝日がある。この日、家族や親しい友人と過ごすために帰省ラッシュが繰り広げられ、どこか日本の正月を彷彿とさせるムードが全土に漂う。

この感謝祭には、先住民が関係している。1620年11月、メイフラワー号に乗った清教徒(ピューリタン)たちが、イギリスからアメリカ大陸(マサチューセッツ州プリムス)に渡ってきた。

そこで彼らを待ち受けていたのは厳しい冬だった。そんな彼らに食料を分け与え、カボチャやサツマイモの育て方を教えたのは、アメリカの先住民たちだった。

自然と調和しながら生きてきた先住民は、当初自分たちの土地へ突然やってきた人々に敵意を持っただろうが、新しい土地で食べるものにも事欠いていた白人たちの困窮をさすがに見かねて、手を差し伸べたのだ。

イギリス人たちは、先住民から農作物の種を分け与えてもらい、作り方を教わった。そして、初めて採れた作物を料理して、友人たちとともに神の恵みに感謝した。これが、感謝祭の始まりである。

最初の感謝祭には、先住民たちも招待された。想像の域を出ないが、この時は先住民とイギリス人は互いに打ち解け、心を許して語り合ったのだろうか。それとも、イギリス人は後に行なうことになる悪行を頭に描きつつ、表面だけ取り繕っていたのだろうか。

いずれにせよ、この後、先住民は白人に殺戮され、自分たちの土地を奪われることになる。人のよい先住民は、共に過ごした感謝祭の夜、そしてその後の自分たちの運命を想像することすらできなかっただろう。

私がアメリカで受けた学校教育では、アメリカ先住民の文化について、ほとんど教えられなかった。彼らの歴史や文化、彼らに対して白人がしてきたことを知ったのは、実はごく最近のことである。

新しくやってきた白人たちに、殺戮され、土地を奪われ、居留地に閉じ込められた先住民たちは、アメリカ政府の「同化政策」に服従することを強制された。同化政策とは、彼らから文化を奪うことであり、子供たちは家族から引き離され、国が作った寄宿学校で、西洋の文化やキリスト数的価値観を押し付けられた。

もちろん、英語以外の民族固有の言葉は、その使用が禁じられた。アメリカがイギリスから独立した1776年、独立宣言は「すべての人間は平等につくられている」と謳ったが、その中に先住民は含まれていなかった。

学校教育に加えて、ユダヤ系の人々が集まり作り上げたハリウッド映画が「正義の白人と野蛮なインディアン」という図式を喧伝した。西部劇のほとんどは、勧善懲悪のストーリーで、善は白人、悪はインディアンだった。

今だから話せるが、私自身、子供のころはインディアンが怖かった。

西部劇に出てくるインディアンは、実に恐ろしい。きつく険しい形相のインディアンが善良な白人たちに襲いかかり、金品を略奪する。対する白人は柔和な表情をしていて、穏やかで明るく優しい。絵に描いたような善人だ。

荒くれ者の白人が登場する西部劇も少なくはない。白人同士の決闘もあるが、インディアンは常に悪者だ。その悪者インディアンは結局、白人の保安官か騎兵隊に撃ち殺されたり、捕らえられたりして、一件落着…ほとんどが、こういうシナリオで終わる。

幼い私も、この結末にいつもホッと胸をなで下ろした。子供のころに受けた教育や映画、テレビの影響は絶大で、私は割に最近まで「インディアン=悪」の図式が、なかなか抜けなかった。

こうした西部劇はまさしく劇であり、真っ赤な嘘であることは今や常識である。さすがに最近は、このような「白人=善」「インディアン=悪」の映画やドラマが、ほとんど作られなくなったが、イラク侵攻を正当化させるアメリカ政府の論弁を聞くと、かの国の「洗脳工作」は今も健在であることがよくわかる。

アメリカ政府のプロパガンダはなかなか優れているから、実は今でも多くのアメリカ人は、今のアメリカの発展が先住民族の「屍の上」にあることを知らない。のみならず、野蛮な文化を終わらせたことを文明の勝利と信じて疑わない輩すら、今も多数存在する。

先住民族が合衆国市民として認められたのは、1924年。最初の感謝祭から、実に300年以上経ってからだった。その間、奪われた土地や言葉や文化は戻ることもなく、先住民はさまざまな民族の中で、今も最下位の層に位置している。

歴史書のほとんどは、勝者の都合で書かれる。先住民の土地を奪略し、無実の彼らをことごとく殺し尽くしても、白人にとってそれは未開を文明化する正当な行為であり、進歩であり、正義だった。歴史は今も事実を隠蔽し、文明と進歩と正義を前面に打ち出し、子供たちを洗脳し続ける。

感謝祭が行なわれる日、今のアメリカ人でまったくどれだけの人が、先住民から受けた恩を思い起こすだろうか。そしてどれだけの人が、その先住民を殺戮した事実を知っているだろうか。

ハリウッド映画で描かれるアメリカは、今日まで明るく誇らしく希望に満ちている。しかし真実のアメリカは、過去も現在も、ドス黒く邪悪な悪魔が棲み着いている。

 

● ミニ解説 ●

著者はアメリカ生まれ、アメリカ育ちの生粋のアメリカ人ですが、2006年にアメリカに見切りをつけて日本に帰化しています。アメリカという国が「悪魔の住む国」であることがわかったからだと言います。日本に住んでいると理解しにくいかも知れませんが、いまやアメリカは中産階級が破綻して貧困層へと没落していくなかで、ごく一部の富裕層に支配されたたいへん住みにくい国と化しているのです。

富裕層の圧倒的多数を占めるのがユダヤ人だと言われています。そして、ここに出てきたコロンブスの一行と、その後、新天地で一旗揚げるためにイギリスから流れてきた清教徒たちの多くもユダヤ人だったのです。

新大陸に押し寄せた人たちが先住民にどういうことをしたか、ということは、アメリカの子どもたちが使う教科書には全く載ることはありません。なぜなら、アメリカは今や完全にユダヤに支配された国だからです。著者も文中でやんわりと述べていますが、主要なマスコミはもちろん、ハリウッドで作られる映画もすべてユダヤ資本に押さえられ、コントロールされているのです。

そんなアメリカに嫌気が差して、著者は日本へと逃れてきたわけですが、その日本にも、ユダヤの魔手はしっかり入り込んでいますので、このままいけばアメリカとよく似た社会が実現することになるでしょう。そうなると、もう世界中どこにも逃げるところはなくなってしまいます。

実は、コロンブスが目指したのはこの日本だったと言われています。もし彼らが目的どおり日本にたどり着いていたら、インディアンが直面した運命は日本人のものとなっていたかも知れないのです。決して人ごととは思われない話です。

この本で著者は今日のアメリカという国の病理を余すところなく指摘しています。その上で「アメリカは世界のならず者国家である」「日本はアメリカを追うべきではない」というのが著者の結論です。これからの日本を占う上でもたいへん参考になりますので、ぜひ書籍を購入して読んでいただきたいと思います。お勧めの本です。  (なわ・ふみひと)

 

貴方を洗脳から覚醒させるアメノウズメ塾⑰NWO新世界秩序
http://www.youtube.com/watch?v=vT4nLhev7_E&feature=player_embedded#!

<転載終了>

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