『日米戦争を起こしたのは誰か』を読んで―――日米戦争はルーズベルトが起こした

京免 史朗氏の記載より~

『「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書』より

『日米戦争を起こしたのは誰か』を読んで―――日米戦争はルーズベルトが起こした             作成日時 : 2016/02/16

最近、藤井厳喜・稲村公望・茂木弘道『日米戦争を起こしたのは誰か』(勉誠出版、2016年1月)を読んだ。この本は、「はしがき」によれば、31代米 国大統領(1929-1933)フーバーの『裏切られた自由』(“FREEDOM BETRAYED”)、いわゆるフーバー回顧録のエッセンスを紹介したものである。
まず目次を掲げよう。

フーバーが明かす衝撃の真実
はしがき
序   加瀬英明
座談会 “FREEDOM BETRAYED”をめぐって
第一章 誰が戦争を仕掛けたのか
第二章 過ったアメリカの政策
第三章 戦争を引き起こした狂気
ウェデマイヤー将軍の回想―――第二次大戦に勝者なし  藤井厳喜
いま明らかになった大東亜戦争の真相
―――“FREEDOM BETRAYED”の衝撃    稲村公望
日米戦争は狂人の欲望から―――フーバー三一代大統領の証言  茂木弘道

本書を読むと、第二次世界大戦とはチャーチル、ルーズベルト、スターリンの合作であることがよく分かる。日米戦争関係では、ルーズベルトこそが戦争を仕 掛けていたことがよく分かる。以下、本書の中で興味深かったこと、書き留めておきたいこと、その他感じたことを記しておこう。

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1943・11・22
カイロ宣言での英・米・中の3首脳(左から蒋介石・ルーズベルト、チャーチル

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ヤルタ会談での英・米・ソの3首脳(左からチャーチル・ルーズベルト・スターリン

 

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日米戦争の人種戦争という側面

第一に書き留めておきたいことは、故ジョン・レノンも言っていたと言われるように、第二次大戦とは、特に日米戦争とは人種戦争であったということであ る。そのことは、座談会の第一章40頁から41頁の記述からもよく分かる。茂木氏は、リチャードソン海軍大将が日本と戦争すべきではないからオレンジプラ ン(米国における対日戦争プラン)を廃止すべきだと主張したら即座にルーズベルトに解任されたと述べた上で、次のように述べている。

茂木 ……リチャードソン大将は、アメリカ海軍の超エリート。この人が日本との戦争なんか利益がないと言っている。即解任、降格ですよ。ルーズベルトはや る気満々。CIAの前身のOSSが対日占領プランを作るのが一九四〇~四二年です。単純に日本を敵視してとかじゃないんです。ルーズベルトは、人種差別主 義者で、スミソニアン研究所の文化人類学者アールス・ヒルデリカをホワイトハウスに招いて「日本人全員を、温和な南太平洋の原住民と強制的に交配させて、 やる気が無い、無害な民族につくり替える計画を立てたい」と研究を命じたそうです。しかも一九三九年、四〇年に近いころに、改訂されたオレンジプランで は、その目的がこう書かれている。「アメリカは、“白色人種”の利益を代表し、英仏蘭と連合し“黄色人種”の日本とたたかう」と。

藤井 人種戦争は日本人が意識する以上に、向こうが意識したということですね。

人種戦争という面は、共産主義者も意識していた事だった。世界革命を唱えたレオン・トロツキーも、スターリンから命を狙われる身でありながら、黄色人種 に対して白色人種が団結して戦おうと主張し、ソ連と英米との連合を説いていたという。共産主義と英米帝国主義を結び付けた背景には、人種的偏見、白人たち の人種差別主義が存在したのである。

1941年7月に出された米軍機による日本爆撃計画

第二に書き留めておきたいことは、1941年7月に米軍機による日本爆撃計画をルーズベルトが承認していたことである。藤井氏は、この座談会の第一章で次のように述べている。

藤井 ウェデマイヤー回顧録で書かれていることですが、ウェデマイヤーは軍の中枢にいて総動員計画を作らされるんです。アメリカの産業力を全部投入して総 力戦をやる。命令が来たのは一九四〇年の一二月、ちょうどパールハーバーの一年ぐらい前です。もう一つ強烈な証拠があります。これは一般には知られてない んですが、JB-三五五計画。アメリカの爆撃機が支那大陸から飛んで日本を爆撃するという計画が昭和一六年七月一八日、陸海軍長官の連名で大統領に提出さ れ、七月二三日に大統領がOKサインをした。これはアメリカの公的資料ですね。  (67頁)

この日本爆撃計画は、次のような事情から延期となったという。その事情について、茂木氏は次のように言う。

たまたまイギリスの方でB-17が必要になって、そっちへ回さなきゃいけないので作戦が遅れただけなんです。イギリスに回さなければ、昭和一六年の一〇月から一一月にかけては日本本土に爆撃が行われていた。アメリカこそが戦争を起こした何よりの証拠ですよ。
(68頁)

この日本爆撃計画の存在は、少なくとも1941年7月の段階で既にルーズベルトが日米戦争を決定していたことを意味する。ハルノートの意味付けなど関係 なしに、日本側がどのような対米交渉をしようとも戦争は避けられなかったのである。ともかく、戦争したくなかった日本、戦争したがった米国側、という構図 が更に明らかになったと言えよう。

ルーズベルト及び米国等の19の失敗

とりあえず二点のことを確認した上で、本書の中心である「第二章 過ったアメリカの政策」の部分について見ていこう。この第二章では、フーバーが指摘したルーズベルト及び米国などの失敗(あるべき政治の道からの逸脱)が、19ポイントに整理されて述べられている。

①1933年国際経済会議をルーズベルトが潰したこと
②1933年11月、ソ連の承認
③1938年、ミュンヘン融和(ナチスドイツによるチェコスロバキアのズデーデン地方割譲要求を、英仏伊独の首脳会議で認めたこと)の成功と失敗
④1939年3月、英仏がポーランドとルーマニアに独立を保証したこと
⑤1940年冬、ルーズベルトがドイツと日本に対して宣戦布告せずに戦争を始めたこと
……経済封鎖
⑥警戒心をもった忍耐政策を採らなかった事
・英国に対して金融支援に止めるべきであったこと、英国に対する武器貸与法は国際法に反すること
⑦ソ連共産主義を助けたこと……1941年にヒトラーがソ連を攻めたとき、共産ロシアを支援して、米ロが非公然の同盟国となったこと
⑧1941年7月の日本への経済制裁……この全面的な経済制裁は本質的には戦争であったこと
⑨1941年9月の近衛和平提案の拒絶
⑩1941年11月、日本側が3か月の冷却期間を置こうと提案したのに拒絶したこと
⑪1943年1月、カサブランカ会議で無条件降伏の要求を突然言い出したこと
……戦争を必要以上に長引かせてしまった
⑫1943年10月、バルト三国とポーランド東部のソ連への譲渡
⑬1943年12月、7つの国家にソ連の傀儡政権を押し付けることを認めてしまった事
⑭1945年2月、ヤルタ秘密協定……スターリンが12の国の独立に対して干渉を加えることを追認した
⑮1945年5月から7月の日本側和平提案を拒否したこと
⑯トルーマンのポツダムでの決断
⑰原爆投下
⑱毛沢東に中国を与えたこと
⑲戦後世界に共産主義の種を撒いてしまった事

ヒトラーとスターリンに潰しあいさせるべきだった……③④⑦と関連

この19ポイントの中では、最も興味深いフーバーの指摘は、③の点である。③は④⑦と関連するが、本書によれば、フーバーはミュンヘン融和に関連して次のように述べていると言う

ヒトラーとスターリンという二つのモンスターが戦ってつぶし合いになることが不可避の状況にあったのに、政治家道を失った者は、そのつぶし合いを止めることに努力したのである (84頁)

フーバーに言わせれば、1938年のミュンヘン合意そのものは、英仏米の選択として間違ってはいない。その後に、独立を保証する力もないくせに英仏が ポーランドとルーマニアに独立を保証したこと(④)、1941年にヒトラーがソ連を攻めたとき、共産ロシアを支援して、米ロが非公然の同盟国となったこと が間違っているのである。ソ連とナチドイツがぶつかり合ってつぶし合いをさせる策が最善だったとフーバーは捉えるのである。

この間違いの責任者は、ルーズベルトというよりもチャーチルである。本書は、この第二章と「ウェデマイヤー将軍の回想―――第二次大戦に勝者なし」(藤井厳喜)の二箇所で、チャーチルの考え方を批判的に捉えている。この部分のチャーチル批判が最も新鮮であった。

ルーズベルトは宣戦布告なき戦争を始めた……⑤⑧⑨⑩と関連

次に興味深い指摘は⑧の点である。⑧は⑤⑨⑩とも関連するが、フーバーによれば、1941年の日本に対する全面的な経済制裁は戦争の開始と言えるものであった。本書によれば、フーバーは、次のように述べている。

第八番目の、ルーズベルトが犯した巨大な誤りは、一九四一年七月、つまり、スターリンとの隠然たる同盟関係となったその一ヶ月後に、日本に対して全面的 な経済制裁を行ったことである。その経済制裁は、弾こそ射っていなかったが本質的には戦争であった。ルーズベルトは、自分の腹心の部下からも再三に亘っ て、そんな挑発をすれば遅かれ早かれ報復のための戦争を引き起こすことになると警告を受けていた  (99頁)

原爆投下は非道徳的な命令……⑰

最後に注目される指摘は、フーバーによる原爆投下への批判(⑰)である。本書が載せているフーバー回顧録の抄訳を掲げよう。

第一七番目のアメリカの政治の大道からの逸脱は、トルーマンが日本人の上に原子爆弾を落とすという非道徳的な命令を下したことである。日本は繰り返して 平和を求めていたにもかかわらず。これはアメリカの全ての歴史のなかで、他に比較するもののない残忍な行為であった。これはアメリカの良心に対して、永久 に重くのしかかるであろう (127~128頁)

傍線部に注目されたい。米国人自身がこのように不必要で非人道的な行為として原爆投下をとらえていることに注目しておきたい。

以上、感想を記してきたが、本書の標題ともなっている「日米戦争を起こしたのは誰か」というテーマに関心のある方は、是非一読されたい。また、フーバー 回顧録は現在翻訳中であるとされるが、本書の最後にも記されているように、日本語訳が一刻も早く刊行されることを望むものである。

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