Taboo in Korea – Genocide by Syngman Rhee タブー ~李承晩が行った大虐殺

李承晩らによる「赤・狩り大虐殺」→大量の韓国人難民が日本へ

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「韓国人にとってのタブー」とは、それは「1948年から1951年にかけておこなわれた朝鮮民族同士の民族大虐殺」なんです。ドイツのナチスによって おこなわれた「ユダヤ人の大虐殺」では600万人が殺されたといいます。では、韓国では「「1948年から1951年」にかけて一体何がおこなわれたの か? 日本人はこのことを知りません。

済州島民衆に対する強硬弾圧の方針は、1948年8月15日に成立した大韓民国政府(李承晩初代大統領)に引き継がれ、11月には戒厳令が済州島一円に宣布される一方、いわゆる「焦土化作戦」が展開され、島民への無差別な殺戮が繰り広げられていきます。

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1948年10月に海岸から5キロ以上離れた地域に居住をしていた人々はすべて海岸地域に疎開をさせ、これに従わない者はゲリラとみなし殺害する方針が 立てられます。1948年11月17日に済州島全域に戒厳令が出され、時を同じくして、「焦土化作戦」と呼ばれる大量殺戮作戦が実行にうつされます。

疎開命令が届かず、中山間の村に残っていたために、村が焼き討ちされ全員が殺害された事件もありました。また疎開したものも無事ではなく、18歳から 40歳までの男はみんな殺害されました。女性への陵辱・殺害、子供たちの殺害も起きています。また、「焦土化作戦」のため村そのものがなくなってしまった ところも存在しています。http://www2.ocn.ne.jp/~j-higasi/news/200509/914-2.html

韓国軍は、島民の住む村を襲うと若者達を連れ出して殺害するとともに、少女達を連れ出しては、数週間に渡って輪・姦虐待を繰り返した後に惨殺した。 日本へ逃れた島民の一部は大阪にコミュニティーを建設した。済州島では事件前(1948年)に28万人いた島民は、1957年には3万人弱にまで激減した とされる。http://www.huffingtonpost.jp/iwao-yamaguchi/post_6170_b_4293954.html

この記事はお気づきになられたとは思いますが、アメリカの「Huffingtonpost」の日本語版記事です。ハフィントンポストの日本語版は「朝日 新聞社」が運営しています。そういえば、朝日新聞は「左翼紙」でしたね。しかしこの記事はさらに興味深いことを指摘しています。なんと、「在日韓国人の素 性」まで明らかにしているんですね。

28万人(済州島全島民)ー8万人(死亡)ー3万人(残留)=17万人(日本へ逃亡)

もちろん、「日本への密入国者」は、済州島関係者だけではなく、韓国で虐殺事件が発生するたびに以後も続いています。2014年の現在でも、対馬や九州を目指して密入国してくる韓国人は後を絶ちません。
なぜなら、密入国者を受け入れる素地が日本国内にあるからです。

虐殺された済州島島民の人たちと嘆き悲しむ家族たち ↓

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